サステナブルファイナンスとは一体何なのでしょうか。
そして、それがSDGs(持続可能な開発目標)とどのように結びついているのでしょうか。
近年、多くの中小企業の経営者様から「なぜ今、SDGsへの対応がこれほどまでに求められるのか」というご質問をいただく機会が増えました。
これは単なる社会貢献活動という枠を超え、企業の持続的な成長、そして何よりも「資金調達力」に直結する重要な経営課題となりつつあるのです。
本記事では、長年銀行員として融資審査に携わり、現在はファイナンシャルコンサルタントとして多くの中小企業様の資金調達をご支援してきた私の視点から、SDGs対応がいかにして資金調達力向上に繋がるのか、その実践的な方法論を具体的にお伝えいたします。
「SDGsはコスト」という考えから、「SDGsは未来への投資であり、新たな信用力を築くチャンス」へと、皆様の認識が変わる一助となれば幸いです。
目次
SDGsと資金調達の新しい関係とは?
SDGsという言葉を耳にする機会は増えましたが、それが具体的に自社の資金調達とどう結びつくのか、まだ明確なイメージを持てない経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
このセクションでは、SDGsが中小企業経営に与える影響と、金融機関がどこに注目しているのかを解説します。
SDGsが中小企業経営にもたらす影響とは?
SDGsへの取り組みは、もはや大企業だけのものではありません。
サプライチェーン全体での対応が求められるようになり、中小企業にとっても避けては通れない課題となっています。
しかし、これは決して負担増だけを意味するのではありません。
むしろ、以下のような多岐にわたる好影響が期待できるのです。
- 企業価値の向上:社会課題への貢献は、投資家や金融機関からの評価を高めます。
- 競争優位性の確立:環境配慮型製品や地域貢献は、他社との差別化に繋がります。
- 人材獲得と定着:社会貢献意識の高い人材が集まりやすくなり、従業員の満足度も向上します。
- 新たな事業機会の創出:SDGsが示す課題の中にこそ、新しいビジネスの種が眠っています。
これらの影響は、巡り巡って企業の財務体質強化、そして資金調達力の向上へと繋がっていくのです。
金融機関は何を評価しているのか?ESG評価の本質
金融機関が企業を評価する際、かつては財務諸表がほぼ全てでした。
しかし今、その評価軸に大きな変化が起きています。
それが「ESG評価」です。
ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字を取ったものです。
評価軸 | 具体的な評価項目例 |
---|---|
E (環境) | 温室効果ガス排出量削減目標と実績、再生可能エネルギーの利用状況、廃棄物削減への取り組み、環境汚染防止策 |
S (社会) | 従業員の働きがい(ダイバーシティ推進、健康経営)、サプライチェーンにおける人権尊重、地域社会への貢献活動 |
G (統治) | 経営の透明性、コンプライアンス体制、リスク管理体制の整備、情報開示の積極性 |
金融機関は、これらの非財務情報であるESGへの取り組みを、「企業が将来にわたって持続的に成長できるか」を見極めるための重要な指標として捉え始めています。
なぜなら、ESGを重視する経営は、長期的なリスクを低減し、新たな収益機会を創出する可能性を秘めているからです。
まさに、「ESG評価の本質」とは、企業の未来の健全性を見抜くことにあるのです。
サステナブル経営=資金調達の新たな信用力?
結論から申し上げますと、その通りです。
サステナブル経営、つまりSDGsやESGに積極的に取り組む経営姿勢は、金融機関にとって新たな「信用力」として認識されつつあります。
私が銀行員時代に審査を担当していた頃を思い返しても、将来を見据えて社会の変化に対応しようとしている企業は、やはり事業継続性が高いと判断できました。
お金の流れは、まるで水の流れと同じです。
淀みなく、将来にわたって健全に流れ続けるためには、その源泉となる経営活動自体が持続可能でなければなりません。
SDGsへの対応は、短期的なコストと捉えられがちですが、長期的な視点で見れば、金融機関からの信頼を高め、より有利な条件での資金調達や、新たな資金調達チャネルの開拓に繋がる、極めて戦略的な「投資」と言えるでしょう。
サステナブルファイナンスの種類と特徴
SDGsやESG経営の重要性をご理解いただけたところで、次に具体的にどのような資金調達手段があるのかを見ていきましょう。
サステナブルファイナンスと一言で言っても、その種類は多様です。
ここでは代表的なものと、中小企業が活用しやすい制度について解説します。
グリーンローン・サステナビリティボンドとは?
グリーンローン
グリーンローンとは、調達した資金の使い道が、環境改善効果のある「グリーンプロジェクト」に限定される融資のことです。
例えば、以下のようなプロジェクトが対象となります。
- 再生可能エネルギー発電設備の導入(太陽光発電など)
- 省エネルギー設備の導入(高効率空調、LED照明など)
- 環境配慮型建物の建設・改修
- 電気自動車(EV)やハイブリッド車の導入
環境省などがガイドラインを策定しており、金融機関も積極的に取り扱いを始めています。
「大企業向けだろう」と思われるかもしれませんが、最近では中小企業向けのグリーンローンも増えてきています。
サステナビリティボンド
サステナビリティボンドは、調達資金が環境プロジェクトと社会貢献プロジェクトの双方に充当される債券です。
SDGsの達成に貢献する幅広いプロジェクトが対象となり得ます。
債券発行は一定の企業規模が必要となりますが、市場の拡大とともに、今後中小企業でも活用できる仕組みが登場する可能性も秘めています。
この他にも、「サステナビリティ・リンク・ローン/ボンド」というものがあります。
これは、企業が設定したサステナビリティ目標(SPTs:Sustainability Performance Targets)の達成状況に応じて、金利などの融資条件が変動する仕組みです。
企業のSDGs達成へのインセンティブがより明確になるため、注目度が高まっています。
中小企業でも使える?補助金・支援制度の活用法
「ローンや債券はハードルが高い…」と感じる中小企業の経営者様もいらっしゃるでしょう。
ご安心ください。国や地方自治体は、中小企業のSDGs達成や環境対応を後押しするための、多様な補助金・助成金制度を用意しています。
代表的なものとしては、以下のような制度があります。
- ものづくり補助金(グリーン枠など):省エネ設備導入や再生可能エネルギー活用など、グリーン成長に資する取り組みを支援。
- 事業再構築補助金(グリーン成長枠など):ポストコロナを見据えた事業転換の中で、グリーン分野への進出を支援。
- IT導入補助金:ペーパーレス化や業務効率化による環境負荷低減に繋がるITツール導入を支援。
- 地方自治体独自のSDGs関連補助金・融資制度:各都道府県や市区町村が、地域の実情に合わせて独自の支援策を展開しています。
これらの制度を上手に活用することで、初期投資の負担を軽減しながら、SDGsへの取り組みを加速させることが可能です。
重要なのは、自社の取り組みがどの制度の趣旨に合致するのかを的確に把握し、申請準備をしっかりと行うことです。
「審査担当者の目線で考えると、どのような計画書が評価されるか」を意識することが肝要です。
ESG投資・インパクト投資の資金はどう引き寄せる?
近年、新たな資金調達の潮流として「ESG投資」と「インパクト投資」が注目されています。
ESG投資とは、前述の通り、企業の環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)への配慮を投資判断の基準に加える投資手法です。
機関投資家を中心に、その市場規模は世界的に拡大しています。
一方、インパクト投資は、財務的なリターンと同時に、ポジティブで測定可能な社会的・環境的インパクトを生み出すことを明確な意図として行う投資です。
ESG投資よりもさらに「社会課題解決への貢献」と「その成果の可視化」が強く求められます。
これらの資金を引き寄せるためには、何が必要でしょうか。
それは、「自社の事業が、いかに社会課題の解決に貢献し、どのような具体的なインパクトを生み出しているのか」を、説得力のあるストーリーとデータで示すことです。
透明性の高い情報開示と、積極的なコミュニケーションが鍵となります。
特にインパクト投資においては、その「インパクト」をどのように測定し、報告していくのかという計画も重要視されます。
実践!SDGs対応で資金調達力を高める5ステップ
さて、ここからはSDGsへの対応を通じて、具体的にどのように資金調達力を高めていくのか、その実践的なステップを5段階に分けて解説します。
これは私がコンサルティングの現場で実際に経営者の皆様にお伝えしている、いわば「資金調達力アップのためのロードマップ」です。
ステップ1:自社のSDGs貢献ポイントを「見える化」する
まず最初に取り組むべきは、自社の事業活動や製品・サービスが、SDGsの17の目標のうち、どれに、どのように貢献しているのかを徹底的に洗い出し、「見える化」することです。
「うちは町工場だからSDGsなんて関係ないよ」
そうおっしゃる経営者の方もいらっしゃいますが、よくよくお話を伺うと、実は様々な貢献ポイントが見つかるものです。
例えば、
- ペーパーレス化の推進 → 目標12「つくる責任つかう責任」、目標15「陸の豊かさも守ろう」
- 地元人材の積極採用 → 目標8「働きがいも経済成長も」
- 省エネ設備の導入 → 目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、目標13「気候変動に具体的な対策を」
- 廃棄物の削減・リサイクル → 目標12「つくる責任つかう責任」
このように、日常の企業活動の中にSDGsへの貢献の芽は隠れています。
これらを具体的に特定し、可能であれば数値データ(例:CO2削減量、廃棄物削減率など)と共に整理することが重要です。
これが、後のステップで金融機関に説明する際の強力な武器となります。
ステップ2:3C資金調達分析で戦略的ポジションを把握
次に行うのは、私が独自に提唱している「3C資金調達分析」です。
これは、マーケティングで用いられる3C分析(Customer:顧客、Competitor:競合、Company:自社)を、資金調達の観点から応用したものです。
- Customer(資金提供者=金融機関など):金融機関が今、どのような企業を評価し、どのような取り組みに注目しているのか(まさにSDGsやESGがその一つです)。
- Competitor(競合他社):同業他社はSDGsに対してどのような取り組みを行い、それをどうアピールしているのか。
- Company(自社):ステップ1で見える化した自社のSDGs貢献ポイントと、資金調達のニーズ(必要な金額、時期、使途など)を照らし合わせ、どのような強みがあり、何を訴求すべきか。
この3つの視点から自社の状況を客観的に分析することで、資金調達市場における自社の戦略的ポジションが明確になります。
「どの金融機関に、何を、どのように伝えれば、最も効果的に資金調達に繋がるのか」という戦略を立てるための基礎となるのです。
ステップ3:銀行員の目線で事業計画を再設計する
戦略的ポジションが明確になったら、次は事業計画の再設計です。
ここで重要なのは、「銀行員の目線」を徹底的に意識することです。
私が銀行員時代、融資審査で何百という事業計画書を見てきましたが、残念ながら「独りよがり」な計画書も少なくありませんでした。
金融機関が知りたいのは、夢物語ではなく、「その事業が本当に持続可能で、貸したお金がきちんと回収できるのか」という現実的な見通しです。
SDGsへの取り組みを事業計画に盛り込む際には、以下の点を明確にしましょう。
- SDGsへの取り組みと本業との関連性:なぜそのSDGs目標に取り組むのか、それが自社の事業成長にどう繋がるのか。
- 具体的な行動計画と数値目標(KPI):いつまでに、何を、どの程度達成するのか。
- 期待される効果(財務的・非財務的):コスト削減、売上向上、企業イメージ向上、従業員エンゲージメント向上など。
- リスクと対応策:取り組みを進める上でのリスクは何か、それに対してどう備えるのか。
これらの要素を、客観的なデータや根拠と共に示すことで、事業計画の説得力は格段に向上します。
「この会社は、社会の変化を捉え、将来を見据えてしっかりと経営戦略を練っているな」と銀行員に感じさせることができれば、評価は大きく変わるはずです。
ステップ4:ESGスコアを高めるための社内体制整備
事業計画にSDGsやESGの要素を盛り込むだけでなく、それを実行し、継続的に改善していくための社内体制を整備することも極めて重要です。
金融機関は、計画倒れにならないか、その実行力も見ています。
具体的には、以下のような体制整備が考えられます。
- 推進体制の明確化:
- SDGs/ESG担当部署や責任者を任命する。
- 部門横断的なプロジェクトチームを組成する。
- 情報収集・分析・開示体制の構築:
- ESG関連データ(環境負荷、労働安全衛生、コンプライアンス状況など)を定期的に収集・分析する。
- ウェブサイトや統合報告書などで積極的に情報開示を行う。
- 従業員への意識浸透と教育:
- 研修やワークショップを実施し、全従業員のSDGs/ESGへの理解と意識を高める。
- 取り組みへの参加を促すインセンティブ制度を導入する。
- サプライチェーンへの働きかけ:
- 取引先に対しても、ESGへの配慮を求める(例:グリーン調達基準の設定)。
これらの体制整備は、一朝一夕にできるものではありません。
しかし、着実に進めることで、企業のESGスコアは向上し、それが金融機関からの信頼、ひいては資金調達力の強化に繋がります。
「銀行員の目線チェックリスト」にも、こうした社内体制の整備状況は重要な評価項目として含まれています。
ステップ5:補助金・外部資金を組み合わせた調達ポートフォリオ構築
最後のステップは、これまでの取り組みを踏まえ、最適な資金調達の組み合わせ、すなわち「資金調達ポートフォリオ」を構築することです。
私が常々申し上げるのは、「資金調達は、一つのカゴに全ての卵を盛るな」ということです。
SDGsやESGへの取り組みには、初期投資が必要となるケースも少なくありません。
その際、自己資金や従来の銀行融資だけに頼るのではなく、多様な選択肢を検討すべきです。
資金調達ポートフォリオの構成要素例
- 補助金・助成金:返済不要の資金であり、積極的に活用すべきです(ステップ2で解説)。
- グリーンローン/サステナビリティ・リンク・ローン:特定のプロジェクトや目標達成に応じた有利な条件の融資。
- ESG投資家からの出資:株式発行による資金調達。企業の成長ステージによっては有効な選択肢。
- インパクト投資:社会課題解決への貢献度が高い事業であれば、有力な資金調達手段。
- クラウドファンディング:特に消費者向けの製品・サービスであれば、共感を呼ぶストーリーと共に資金を集められる可能性。
- 日本政策金融公庫などの政府系金融機関からの融資:中小企業のESG対応を支援する融資制度も充実。
これらの選択肢の中から、自社の事業フェーズ、必要な資金額、資金使途、そしてSDGsへの取り組み内容などを総合的に勘案し、最適な組み合わせを設計します。
例えば、「省エネ設備導入の初期費用は補助金とグリーンローンで賄い、その後の運転資金は通常の銀行融資、そして将来的な新規事業展開のためにESG投資家からの出資も視野に入れる」といった具合です。
この「資金調達ポートフォリオ」の考え方は、リスク分散だけでなく、それぞれの資金の特性を活かした戦略的な財務運営を可能にします。
まさに、経営者の腕の見せ所と言えるでしょう。
金融機関とどう向き合うべきか?
SDGs対応を進め、資金調達戦略を練ったとしても、最終的に交渉相手となるのは金融機関です。
彼らが何を考え、どのように企業を評価しているのかを理解することは、資金調達を成功させる上で不可欠です。
ここでは、銀行の内部事情にも触れながら、その向き合い方について解説します。
銀行は「SDGs対応企業」にどうアプローチしているか?
かつての銀行は、担保や保証、そして過去の財務実績を重視する傾向が強かったと言えます。
しかし、時代は変わりました。
今、多くの銀行が「SDGs対応企業」に対して、従来とは異なるアプローチを取り始めています。
- 専門部署によるコンサルティング:
多くの銀行が、サステナビリティ推進室やESGソリューション部といった専門部署を設置し、取引先企業のSDGs導入支援やESG課題に関するアドバイスを行っています。
単に資金を供給するだけでなく、企業の持続的成長をサポートするパートナーとしての役割を意識し始めているのです。 - 専用金融商品の提供:
前述したグリーンローンやサステナビリティ・リンク・ローンに加え、企業のSDGs達成度に応じて金利を優遇したり、手数料を割り引いたりする預金商品や融資商品も登場しています。
これは、銀行自身もSDGs達成に貢献したいという意思の表れでもあります。 - 非財務情報の積極的なヒアリング:
融資審査の際にも、決算書だけでは見えない企業の強みや将来性を把握するため、SDGsへの取り組み状況やESG課題への対応策について、より踏み込んだヒアリングを行うケースが増えています。
「私たちの取り組みを、銀行は本当に理解してくれるのだろうか」と不安に思う必要はありません。むしろ、積極的に情報提供することが求められています。
特に地方銀行や信用金庫などの地域金融機関は、地域経済の持続可能性という観点から、地元企業のSDGs対応を熱心に支援する傾向が見られます。
自社のメインバンクがどのような方針を持っているのか、一度確認してみることをお勧めします。
審査の現場で見た「評価される企業」の共通点
私が長年、融資審査の最前線で多くの企業を見てきた中で、「この会社は伸びるな」「応援したい」と感じる企業には、いくつかの共通点がありました。
SDGsという言葉がまだ一般的でなかった時代から、結果的に持続可能性を体現していた企業と言えるかもしれません。
- 経営理念と事業活動の一貫性:
社会貢献や環境配慮が、後付けの取って付けたようなものではなく、経営者の確固たる信念や企業のDNAとして息づいている。
「なぜこの事業をやっているのか」という問いに対する答えが明確。 - 本業を通じた課題解決:
自社の強みや技術を活かして、社会や地域の課題解決に貢献しようという姿勢が見える。
単なる慈善活動ではなく、事業として成立させようという意欲がある。 - 変化への対応力と学習意欲:
市場環境や社会の要請の変化を敏感に察知し、常に新しい情報を取り入れ、自社の経営をアップデートしようと努力している。
失敗から学び、次に活かす柔軟性がある。 - 従業員エンゲージメントの高さ:
経営者だけでなく、従業員一人ひとりが自社の事業や理念に誇りを持ち、主体的に業務に取り組んでいる。
風通しの良い組織風土が感じられる。 - 情報開示の透明性と誠実さ:
良い情報だけでなく、課題やリスクについても隠さずに開示し、それに対してどのように取り組んでいるかを真摯に説明する。
金融機関との対話においても、誠実な姿勢が信頼を生む。
これらの共通点は、まさにSDGsやESG経営が目指す姿と重なります。
小手先のテクニックではなく、企業としての「あり方」そのものが問われているのです。
「これが銀行の本音です」──内部者が語る資金調達のリアル
銀行員も人間です。
そして、銀行も営利企業であると同時に、公共的な使命も負っています。
そのバランスの中で、日々、融資判断を行っています。
「銀行は晴れた日に傘を貸し、雨の日に取り上げる」と揶揄されることもありますが、それは一面的な見方かもしれません。
銀行が最も恐れるのは、貸したお金が返ってこない「貸し倒れリスク」です。
だからこそ、企業の将来性や返済能力を厳しく審査します。
しかし、同時に銀行は「成長する企業を応援したい」「地域経済に貢献したい」という強い思いも持っています。
特に、社会的に意義のある事業や、将来性豊かな技術を持つ企業に対しては、積極的にリスクを取ってでも支援したいと考えるものです。
SDGsへの取り組みは、この「応援したい」という銀行員の気持ちを後押しする強力な材料となり得ます。
なぜなら、SDGsに取り組む企業は、
- 長期的な視点を持っている
- 社会の変化に対応しようとしている
- 新たな事業機会を捉えようとしている
- 従業員や地域社会との良好な関係を築こうとしている
といったポジティブなシグナルを発しているからです。
銀行員に「この会社なら、未来に向けて一緒に歩んでいける」と感じさせることができれば、資金調達の道は大きく開けるでしょう。
そのためには、表面的な美辞麗句ではなく、具体的な行動と実績、そして経営者の熱意を伝えることが何よりも大切です。
これが、長年銀行の内部にいた私だからこそ語れる「資金調達のリアル」です。
成功事例に学ぶ!SDGsと資金調達の相乗効果
理論やステップだけでなく、実際にSDGsへの取り組みが資金調達に結びついた企業の事例を知ることは、具体的なイメージを掴む上で非常に有効です。
ここでは、いくつかのケーススタディを通じて、その相乗効果を見ていきましょう。
(※プライバシー保護のため、具体的な企業名は伏せ、事例のポイントを解説します。)
地方製造業がグリーンローンで成長した実例
ある地方の中小製造業A社は、長年培ってきた金属加工技術を活かし、精密部品を大手メーカーに供給していました。
しかし、エネルギーコストの高騰や、取引先からの環境負荷低減要求の高まりを受け、経営者は危機感を抱いていました。
そこでA社は、工場の屋根への太陽光発電システム導入と、旧式の大型プレス機を高効率な省エネ型に入れ替えることを決断。
その際、メインバンクに相談し、グリーンローンの適用を受けました。
取り組みのポイントと成果
- 明確な環境目標の設定:CO2排出量の具体的な削減目標を設定。
- 投資対効果の試算:エネルギーコスト削減額と、グリーンローンによる金利優遇効果を明確化。
- 地域への貢献:再生可能エネルギー導入による地域環境への貢献をアピール。
結果として、A社はエネルギーコストの大幅な削減に成功。
さらに、環境配慮型企業としてのイメージが向上し、新たな取引先の開拓にも繋がりました。
グリーンローンの活用は、単なる設備投資に留まらず、企業の成長ドライバーとなった好例です。
まさに「お金の流れは水の流れ」であり、環境という源泉をきれいにしたことで、事業という川の流れも豊かになったのです。
サービス業がESG評価で融資条件を改善したケース
都市部で複数の飲食店を展開するB社は、人材不足と従業員の定着率の低さに悩んでいました。
そこで、働きがい改革に本格的に着手。
長時間労働の是正、多様な人材(女性、高齢者、外国人)の積極採用と育成、正社員登用制度の拡充などを進めました。
これらの取り組みは、当初「コスト増」と懸念されましたが、結果的に従業員のモチベーション向上と離職率低下に繋がり、サービス品質の向上、ひいては顧客満足度アップと売上増加という好循環を生み出しました。
取り組みのポイントと成果
- 「S(社会)」への注力:従業員の働きがい向上を最優先課題として設定。
- 非財務情報の積極開示:取り組み内容と成果(離職率低下、従業員満足度調査結果など)をウェブサイトや会社案内で公開。
- 金融機関との対話:決算説明の際に、これらの非財務情報を積極的に説明。
B社は、これらの取り組みが金融機関のESG評価において高く評価され、新規出店時の融資審査において、従来よりも有利な金利条件を引き出すことに成功しました。
「人への投資」が、巡り巡って資金調達コストの低減という形で報われたのです。
業種別に見る「持続可能性」と資金調達の関係
SDGsやESGへの取り組み方は、業種によっても特徴があります。
以下にいくつかの例を挙げ、どのような点が資金調達において評価されやすいかを示します。
業種 | 持続可能性への取り組み例 | 金融機関が注目するポイント |
---|---|---|
建設・不動産業 | ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の推進、省エネ建築、環境配慮型資材の利用、地域コミュニティとの共生 | 環境認証の取得状況、エネルギー効率、長期的な資産価値の維持、地域活性化への貢献 |
運輸業 | EVトラック・バスの導入、モーダルシフトの推進、配送ルート最適化によるCO2削減、ドライバーの労働環境改善 | CO2排出量削減目標と実績、燃費改善努力、安全管理体制、従業員の健康管理 |
小売業 | 食品ロス削減、サステナブルな商品調達(フェアトレード商品など)、プラスチック包装削減、地域産品の積極販売 | サプライチェーン管理の透明性、廃棄物削減への具体的な取り組み、消費者への啓発活動、地域経済への貢献度 |
IT・情報通信業 | データセンターの省エネ化・グリーン電力利用、情報セキュリティ体制の強化、デジタル技術を活用した社会課題解決 | エネルギー効率、サイバーセキュリティ対策、個人情報保護体制、イノベーションによる社会貢献の可能性 |
これらの表はあくまで一例です。
重要なのは、自社の事業特性を深く理解し、その上で最も効果的に社会課題解決に貢献でき、かつ企業価値向上に繋がる「持続可能性」のポイントを見つけ出し、それを金融機関に分かりやすく伝えることです。
まとめ
ここまで、SDGs対応が中小企業の資金調達力向上にいかに貢献するか、その具体的な方法論と金融機関の視点について解説してまいりました。
最後に、本記事の重要なポイントを改めて整理し、皆様が最初の一歩を踏み出すための提案をさせていただきます。
- SDGsは「コスト」ではなく「信用力アップの投資」
SDGsへの取り組みは、短期的な視点では費用負担に見えるかもしれません。
しかし、長期的に見れば、それは企業価値を高め、社会からの信頼を得て、結果として資金調達力を強化するための極めて有効な「投資」です。
「銀行員時代に私が見た融資審査の現場では」、将来を見据えた投資を惜しまない企業こそが、厳しい環境下でも生き残り、成長を遂げていました。 - 中小企業でも実践可能なサステナブルファイナンス戦略
グリーンローンや補助金制度、そしてESGの視点を取り入れた事業計画の策定など、中小企業であっても実践できるサステナブルファイナンス戦略は数多く存在します。
大切なのは、自社の規模や実情に合わせて、無理なく始められることから着手することです。 - 「金融機関の視点」で自社を再設計することの重要性
資金調達を成功させるためには、金融機関が何を評価し、何を求めているのかを深く理解する必要があります。
「これが銀行の本音です」という部分でも触れましたが、彼らは企業の将来性と社会への貢献度を見ています。
SDGsへの取り組みは、まさにその両方をアピールできる絶好の機会なのです。 - まず何から始めるべきか──現実的な一歩の提案
では、具体的に明日から何に取り組めば良いのでしょうか。
私の提案は、まず「ステップ1:自社のSDGs貢献ポイントを『見える化』する」ことから始めてみることです。
社内でワークショップを開き、従業員の皆さんと一緒に、自社の事業活動がSDGsのどの目標に貢献しているか、あるいは貢献できる可能性を秘めているかを話し合ってみてください。
意外な発見があり、それが次の一手へと繋がるはずです。
お金の流れは、企業の血液です。
その流れをより太く、より健全にするために、SDGsという新しい羅針盤を手に、持続可能な未来へと舵を切る。
その航海は、決して平坦ではないかもしれませんが、必ずや企業を新たな成長ステージへと導いてくれると、私は確信しています。